通訳ガイドが書いた「地域の歴史が学べる観光ガイドブック」研修会

奥本講師:N1 京都北(大徳寺、下賀茂神社、西陣織会館等)

 葵祭、御手洗(みたらし)祭の足つけ神事などで有名な下賀茂神社。境内を包む糺の森は、関西ラグビー発祥の地です。日本サッカー協会のシンボル「八咫烏」を祭る神社や「第一蹴の碑」があり、ワールドカップの時は観戦の合間に京都を訪れたお客様と「ここがラグビーの聖地か?」と俄かラグビー談義で大盛り上がりになりました。近くにはみたらし団子の店もあり、その名の由来にも諸説あって話題には事欠きません。森を流れる川の東には、生涯に40回以上も引っ越した谷崎潤一郎が例外的に長く住んだ家もあります。

 その後大徳寺から今宮神社まで歩きます。ここは別名「玉の輿神社」とも呼ばれています。京の町娘から徳川綱吉の生母になった桂昌院お玉に因んでいます。 

 最後は西陣織会館へ。京都の「着倒れ」を支える西陣織の実演や体験イベントが充実しています。実演コーナーでは、絞り、すき織り、友禅の絵付け、綴れ織り等の職人がシフト制で担当しています。気軽に話しかけてくれる職人さんもいて会話がはずみます。(担当講師:奥本一代)

下賀茂神社

神代の昔、賀茂別雷神が神社裏手にある神山に降臨したと伝わり、天武天皇が現在の地に社殿を造営した。厄除、八方除、電気の守り神、必勝の神として親しまれている。下鴨神社同様、京都の最古社の一つ。京都御所からみて鬼門を守っている。祭神は、賀茂氏の氏神、賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)。

 1994年に下鴨神社とともに世界文化遺産に登録された。

今宮神社

大徳寺の北西に今宮神社があるが、ここには794年の平安遷都以前から疫神(えきしん)を祀る社(現・摂社疫神社)があったとされる。平安京は都市として栄える一方、人々は疫病や災害に悩まされることが多く、これを鎮めるため神泉苑、御霊社、祗園社など、各地で盛んに「御霊会(ごりょうえ)」が営まれた。
 今宮神社は「玉の輿神社」とも呼ばれる。西陣の八百屋の娘「お玉」は父の死後に武家の養女から公家の侍女になり、やがて江戸城大奥で勤め、3代将軍家光の側室となった。産まれた男子が5代将軍綱吉で、生母のお玉は「桂昌院」として絶大な力を持つようになる。

大徳寺―――禅と茶

 大徳寺の正式名称は「龍寶山(りゅうほうざん)大徳寺」で、臨済宗大徳寺派の大本山である。鎌倉時代末期の1315年、宗峰妙超(しゅうほう・みょうちょう)(1283~1338)により創建された小さなお堂が始まりとされる。妙超は、「大燈(だいとう)国師」という名でも知られる禅僧。寺が始まったのは1315年または1319年と言われ、花園上皇が大徳寺を祈願所とした1325年ごろから寺院としての形態が整ったと考えられている。
 室町時代には応仁の乱で荒廃したが、「一休宗純」(いっきゅう・そうじゅん)により復興された。桃山時代に豊臣秀吉が織田信長の葬儀をこの寺で営み、信長の菩提を弔うため総見院を建立して寺領を寄進した。それを契機に戦国武将の塔頭建立が相次ぎ、隆盛を極めた。

西陣織会館

西陣地区の中央東寄りにある「西陣織会館」(写真)は、西陣織工業組合により運営されている入場無料の施設で、華やかな和装の美しさを紹介する「きものショー」が毎日開催されている。また、西陣織の紹介や史料が常時展示されている。機織りや染色といった伝統の業を紹介する制作実演も見学でき、西陣織をはじめとする小物やお土産品も販売されている。短時間での制作体験をはじめ、着物体験、十二単や舞妓・芸妓のなどの衣装体験も楽しめるようになっている。


★ 通訳ガイドのための観光ガイドブック「京都編」 より抜粋

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